イトウ質店ブログ

金のお話 『名古屋金鯱軍?とは』

名古屋の質屋イトウ質店のブログです。

本日のお話は、『名古屋金鯱軍?とは』です。

名古屋金鯱軍(なごやきんこぐん)と聞いてピンと来る人は、
失礼ながら結構な年配の方か、余程のプロ野球ファンでしょうか?

名古屋金鯱軍は1936年から1949年まで存在していた
現在のプロ野球を統括する日本野球機構の前身で日本初の本格的プロスポーツリーグ
「日本野球連盟」の球団のうちの1つです。

1936年に創設され、1940年に、「翼軍」と合併し解散するまで、4年間だけ存在しました。

名前が表すように、名古屋新聞社を親会社とし名古屋鉄道が運営管理を行っていた
愛知県愛知郡鳴海町(現在の名古屋市緑区)の鳴海球場を本拠地としていました。

鳴海球場は中日ドラゴンズも公式戦を開催したことがありますが、
名鉄が参画していた中日ドラゴンズの経営から撤退したこともあり
アマチュア主体の野球場となり、1959年(昭和34年)4月からは球場は閉鎖され
名鉄自動車学校となりました。

一・三塁側のスタンドは現在も車庫などとして使用され
2007年には球場開設80周年を記念して金色のホームベースと歴史を記した記念碑も設置されています。

投打ともに小粒で、成績は年2シーズン制を含めた5年7シーズンでAクラスは1回だけというチームでしたが
選手には現役選手のまま腸チフスで病死し、背番号4が永久欠番となった
巨人のクリーンナップヒッター黒沢俊夫、後に中日ドラゴンズの監督を務めた濃人渉らがいます。

ちなみに1940年から戦時下の自主規制で野球用語の英語使用を禁止し
ストライクを 「よし1本」、ボールを「だめ」と言った時代に入ります。

残念ながら、中日ドラゴンズに繋がるのは同リーグの名古屋軍の方です。

金のお話(名古屋金鯱軍?とは)でした。

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