イトウ質店ブログ

金のお話(金貨-日本の金貨その2)

名古屋の質屋イトウ質店のブログです。

本日のお話は、『金貨-日本の金貨その2』です。

その1で日本で初めての金貨、開基勝宝のお話をしました。
その後、日本では600年近く貨幣が造られることが無く、
中国から輸入した宋銭などが使われていました。
次に金貨が鋳造されるのは戦国時代になります。

豊臣秀吉の天正大判が有名ですが、
黒川金山や湯之奥金山などの金山が存在した甲斐国で、
それよりも早く武田信玄が鋳造させた甲州金があり、
日本で初めて体系的に整備された貨幣制度、金貨として知られています。

戦国期には、他にも各地の大名が金貨を鋳造しましたが、
それらは重さで価値を計る秤量貨幣であり、
甲州金は金貨に打刻された額面で価値が決まる計数貨幣でした。

1両(りょう)=4分(ぶ)=16朱(しゅ)=64糸目(いとめ)という4進法で、
「金に糸目をつけない」の糸目とはこの甲州金の通貨単位から来ています。

甲州金は武田氏の作った地方通貨でしたが、
武田氏滅亡後も江戸時代の文政年間まで甲府の金座で鋳造されています。
甲斐国は一時豊臣系大名の領土となった時期をはさみますが、
徳川氏の領有から江戸時代は幕府直轄領であり、
徳川氏時代には金座支配と金山支配を一任された大久保長安が、
佐渡から招いた金工に鋳造を行わせていました。

金のお話『金貨-日本の金貨その2』でした。

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